今年で12回を数える、「筑前いいづか 雛のまつり」が、現在飯塚市内のいたるところで開催中です。
私が育った実家は、長崎街道に面した天道商店街にあります。祖父母の時代は酒店と自転車店、母の時代は酒店で長く地域にお世話になってきましたが、ディスカウント店の台頭や小売免許の自由化と共に
母の寿命も終わったようで、現在は住宅としてのみ利用をしていますが、毎年、この時期は飯塚市の方で、店舗のウィンドウにお雛様を飾っていただき大変華やかになります。
夜もライトアップしているので、華やかな店舗は母も天国で喜んでいる事と思います。
今年は、次男が通っている楽市小学校の1年生が全員、授業の一環で見学にやってきました。朝日新聞の記者も同行していたので新聞記事になったかもしれません。
説明を求められたので、弊社のスタッフのお姉さんが長くこの行事に関わっておられて詳しいのでお雛様の説明を子供たちにわかりやすくしていただきました。(感謝)






天道は細長い形状の小さな街ですが、お隣は造り醤油屋さんで、斜め前は造り酒屋さんです。現在も街の中心で若い後継者の方がイベントをされたりして町おこしをがんばっていらっしゃいます。
子供のころの記憶で今はすでになくなったものとして鮮明に覚えているのは、うなぎの寝床のつくりの粋な風情のたたずまいの傘屋さんです。
中庭を背にいつも、にこやかに笑いながら和傘をつくっていらっしゃいました。 傘を求めると持ち手のところに、グラインダー?で名前を刻んでくださって嬉しかったのを覚えています。
それから、畳屋さんもありました。お店の中でぐいぐいとおおきな針で作業をしているご主人をじっとみつめていたような気がします。とてもイグサの香りが良くて、癒されてました。
下駄屋さんや、ふとん屋さん、呉服屋さん、仏壇店・・・いつも祖母にくっついていろんな方に声をかけられ、大変幸せな子供時代であったとしみじみ思います。
子供といえば、駄菓子屋さん! 50円玉や、ときには10円玉にぎりしめ、「おばちゃん!50円がとください!」なんて言って先にお金を預けて、10円のものや5円のものを計算しながら買っていました。
きっと、生きた算数の勉強だったのですね。 なんだか懐かしすぎて泣けてきました。
昨日、飯塚地区の行政連絡協議会というものに出席してまいりました。飯塚市の中心市街地活性化事業の説明もありました。スマート・ウェルネス・シティ構想という説明で素敵な街ができる事を期待しながら
昭和のよき時代の思い出と重なり、感慨深くこれからの街つくりをひとり妄想した一日でした。
春は、桜の名所で有名な大将陣公園、JR天道駅も近くで銀行・郵便局・病院等があり、住むには便利ではありますが近年は超高齢化がすすみ、子供会も運営が厳しくなっています。
幸せは、外に求めるものでなく実は内部にあったり、すぐそばにあるそうです。
いまあるものを、どうにかできないか・・・。それが、祖先への感謝と未来へのプレゼントかもしれません。